ミッ○ーマウスの生みの親ウォルト・ディズニーの謎 ー Walt Disney

皆様こんにちわ!前回はエヴァンゲリオンについてお話いたしましたが、

今回も皆様がよく知っているディズニーランドの生みの親ウォルト・ディズニーについて触れていきます。

ウォルト・ディズニーとは

言わずと知れた、ミッキーマウスの生みの親であり、ディズニーランドの創立者である。

1901年12月5日ー1966年12月15日 アメリカ・イリノイ州シカゴで生を受け、アニメーター、プロデューサー、映画監督などなど、幅広く活躍したエンターテイナーである。

幼少期は父親(鉄道員)の影響もあってか、鉄道が大好きであった。

幼少期から絵を描くことにも興味を持っていたウォルトは、のちに夜間美術専門学校に通って絵の勉強を始め徐々に絵の技術は上達していく。

後にウォルトが書いたのが、皆様もご存知の世界的に有名なミッキーマウスであった。

兄ロイ・ディズニーと共に、キャラクターを複数誕生させ、ウォルト・ディズニー・カンパニーを設立し、その後に、長年構想していた夢である世界初のディズニーパークカリフォルニア ディズニーランド・リゾートを完成させた。

と、ここまでが一般的な情報ではないかと思うが、しかしウォルトそれだけではない。

ある組織に所属しそこで大きな影響を受けた。

ウォルトが所属していた組織

ウォルトは日本ではあまりなじみのない組織に所属していた。

その組織の名は【デモレー団】この組織は、1919年アメリカのカンザスシティで設立された。

入会条件があり入会できるのは12歳~21歳までの青少年の男女であるが、女性の場合は儀式には参加することは出来ないそうだ。デモレーの名前の由来は、テンプル騎士団の最後の総長のジャック・ド・デモレーから来ている。

この、ジャック・ド・デモレーという人物は王国以上の財産を負っており、それをねたんだフランス国王フィリップ4世によって濡れ衣を着せられ、火あぶりの刑に処され、息絶える前に国王に呪いをかけたとされている人物であった。

デモレー団はただの青年組織ではなく、実はフリーメイソンによってお設立された組織である。つまりはフリーメーソンの青年団と言ってもいいだろう。

そんな組織で、ウォルトはこの組織に19歳で入団し、後にで殿堂入りも果たす存在になっていた。

ウォルトはエッセイで『デモレー団では人生の大切なことを学んだ。』『至高の存在を信じることを学んだ』と述べている。

これはフリーメイソンでの至高の存在のことを指す、その至高の存在とは何の事を言っているんでしょうか。神となる存在の事なのかまたその逆なのか…

とはいえ、華やかなアニメ、リゾート施設のイメージだけではない、裏の一面も見えきましたね。

デモレー団のはがき

もう一つの所属組織

その秘密組織の名はPLUSULTRAラテン語で【もっと先へ】、【さらなる前進】を意味している。この組織は映画トゥモローランドで、登場したことにより実しやかにささやかれているのだ。創設者は、二コラ・テスラトーマス・エジソン、ジュール・ベルヌ、ギュスターヴ・エッフェルであり、ウォルト・ディズニーアインシュタインは後にこの組織に参加することとなる。

いずれにしても錚々たるメンバーが揃っている各界の天才たちの集合体である。

エッフェル塔最上階にある小さなプライベートアパートがあり、1989年に創設メンバー4名が会合を開いたとされる。その際に話合われた内容は今後の人類についての未来へのやるべきことについてだったとされる。

そもそものPLUSULTRAの思想がそのような思想の組織であった。

キャラクターに隠された、ウォルトの思想

ウォルトの作品にはミッキーマウスやドナルド、動物が元になっていますがその中のキャラクター達にはある法則があります。

人の心を持つ者、人間の様な動きをするキャラクターは手袋を身に着けています。

ミッキーマウス、ミニーマウスが白い手袋をしているのは、ミッキーマウスが白人であることを示したものだそうです。

そして、手袋をしていないキャラクターのプルートなどは、黄色人種、いわゆるモンゴロイドを指しています。

ここまでの話で何を言いたいのか、それは、ウォルトは人類差別主義者だったという話です。

ウォルトが生存中はユダヤ人、黒人、女性は一切幹部に選ばれることはなかった、そんな差別的な思想があり、昔は、シンデレラや白雪姫の様な白人が主人公のものばかりであった。

そんな差別主義者なウォルトが亡くなってから、ポカホンタス、ムーラン、ティアナ、リロなどの白人以外の主人公が映画になるようになった。また、ディズニーは経営難に苦しんだ時期がありました、しかし、非白人(有色人種)とする、映画製作を公表するようになり、世界的に受け入れられ第二の黄金期を迎えた。

ウォルト生存説

ウォルトは、1966年に肺炎を患い、ディズニーワールドリゾートの完成を待たずして、この世を去ったとされている。

しかし、葬儀は身内だけで行われた。しかし、実際にはその葬儀に遺体はなかった。

病気を患い、余命を告げられたのは事実だったそうだが、実際には、余命の日を迎える前に体を冷凍保存させているという噂がある。冷凍保存の一人目としてアメリカ人心理学者が冷凍されているといわれているが、ウォルトも同時期に一緒に冷凍保存されたのではないだろうか。

未来の医療技術にウォルトはかけていたのかもしれませんね。

冷凍保存技術は現在2000万円ほどあれば、保存は可能だそうです。

ウォルト以外にも現在までにかなりの数の人が冷凍され、その中には日本人もいるのだとか。

ディズニーキャラクター豆知識

先ほど、手袋をしていない、人間の心を持つキャラクターは黄色人種として扱ったとしていた様だが、くまのプーはどうなんでしょうか。

個人的に気になり調べたところ、くまのプーはウォルトの生んだキャラクターではなく、作者はA.A.ミルンという人物で、ミルンは風刺雑誌『パンチ』で活躍するユーモア作家であり、副編集長を務めていた人物である、1924年生み出しだた子供向けに手がけた童謡集When We Were Very Youngがある。

When We Were Very Youngは当時3歳だった息子クリストファー・ロビン・ミルンのために集めた童謡集で、クリストファーのテディベアもエドワード・ベアの名称で「テディ・ベア」という詩に登場させている。このエドワード・ベアが後のプーである。

クリストファーが成長すると、息子の為にぬいぐるみ達が活躍する物語を考えた、これがくまのプーさんの物語である。

1961年、ミルンの死後にウォルト・ディズニー・カンパニーがミルンのキャラクターと物語の映像化権、商標使用権などの権利を獲得し今のプーの形が完成した。

続・ディズニーキャラクター豆知識

くまのプーさんの服装について、皆さんは気にしたことは無いでしょうか。

上半身は赤い服を着ていて、下半身は…ノーパンですよね。

そんなくまのプーの服には感動的な話があるのです。くまのプーの服と言えば赤い服が一般的ですよね?赤い服装をしているキャラクターと言ったら誰でしょうか。

正解はミッキーマウスです。ミッキーはプーの逆で、上半身裸で下半身は赤いパンツをはいてます。それはなぜなのか。

それは、ミッキーマウスは元々、赤いオールインワンを身に着けていて寒がるプーに分け与えた為、両方どちらかが足りない服装となっているんです。

くまのプーの服のサイズ感が合わないのもうなずけます。

ウォルト・ディズニーについてのまとめ

今回は都市伝説と言うよりは、事実の様です。まぁとは言え、ウォルトが冷凍保存されているかの事実がわかる頃に我々が生きている保障はありませんが、ここまで書いても、尚、謎が多い人物だといえますね。彼の所属していた、デモレー団、それの大元の組織フリーメイソンこれらについても記事を書いていこうと思っていますが、安易に書ける内容ではないのでしっかりと調べて、そのうちアップしたいと考えています。最新の都市伝説ではないですが、現在の都市伝説を紐解くためには細かいところから記述しますね。あとジャック・ド・デモレーと所属していたテンプル騎士団についても今後書いていく必要があるのでこちらもアップ予定です。

最後まで読んで頂きありがとうございます。

都市伝説に関してこんなこと書いて欲しいなどあれば、お問い合わせフォームよりご連絡いただければ幸いでございます。また、一度公開している記事も新しい情報があれば追記していくつもりです、あと、都市伝説以外の記事も更新していきますので宜しくお願いいたします。

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